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(9) |
交歓の場所 |
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「コミュニティーハウス法隆寺」には実に多様な来客がある。共生の住まいの新しいスタイルとして注目され、入居当初から相次ぐ見学者を、入居者であり、株式会社安寿ネットの株主でもあるメンバーは自室にも案内して丁寧に説明することを惜しまない。
一方でそれぞれの子どもや孫、親類、友人の訪問も絶えない。そのうれしい出会いに、他の仲間も加わって歓待することがよくある。10月24日には、ひとり入居の西山静子(81)のもとに四日市、刈谷、名古屋の親族、知人ら8人がマイクロバスを仕立ててやってきた。
静子の叔父の須藤喜市(90)・志げ子(86)夫婦に叔母の嶋すえの(92)、喫茶店を営む従妹の梶野喜代子(58)夫婦、関心を持った店の客ら3人と犬も1匹。独り暮らしになってからも瀬戸市で12年半を過ごし、近所と親密な関係を保ってきた静子が、決心して移り住んだコミュニティーハウス法隆寺とはどんなところか。「おばさんの住んでいるところを見たい」という喜代子の提案に「もう、滅多に会えないから」と叔父、叔母たちが合流した。
昼に一行が到着すると、静子をはじめハウスの女性たちがそろって出迎え、「さあ、どうぞ、どうぞ」と歓迎。案内されたグリーンホールには、花壇から摘んだコスモス、野菊が活けられ、ご馳走が並んでいた。赤飯、天ぷら、煮物、和え物、昔懐かしいスイトン汁・・・。7人の女性が腕をふるった得意の「1品持ち寄り」。「多人数で押しかけて申し訳ない」と恐縮していた喜市たちの顔が一気にゆるんだ。
「このカブはここの菜園で育ち、(最年長の)久枝さんが漬けてくれたの」と静子が説明すると、「お花の手入れ、野菜のつくり方、みんな、静子さんに教えてもらっていますのよ」と女性たちが応える。「この間も通りがかりの人から来年は花の苗を分けて欲しいと頼まれた。私、当分死ねないな」と静子。どっと笑い声が弾け、名古屋弁も飛び出してのにぎやかな昼食会となった。「いい縁やね、すごいよ。幸せだよおばさん」。喜代子の声に「よかったな、静子」と喜市の目が潤んだ。
共生型住宅のあり方を学びたいという人の輪はじわじわ広がっている。ここ法隆寺の例だけでもNPO、県、市、町などの行政マンや議員、福祉関係者、住宅建設関連の企業、そして老後を考える多様な市民グループ。近畿はもちろん北海道から関東、中部、中国地方まで全国に広がり、訪れた人はこの1年間で200人を超えた。
秋に入っても10月末にはJA(農業協同組合)神奈川の14人がバスで訪れ、11月初めには奈良女子大や神戸大の女子学生が卒業論文の取材にやってきた。接点の場となるグリーンホールはハウスの真ん中にあり、16人分の席とテーブルにキッチンも付属している。様々な人が行き交い、共生について考え合う大切な場となっている。 (敬称略) |
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保存提唱の寺尾さん顕彰 |
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「飛鳥保存」の主唱者のひとりで3年前、94歳で亡くなった美学者・寺尾勇さんの顕彰碑=写真=がこのほど、奈良県明日香村平田に建てられた。
建立地は古代の石造物「鬼の雪隠」近くの南都の森の一画。約2トンの自然石に表は安田暎胤・薬師寺管主揮毫の「風」、裏には寺尾さんの遺稿から栄夫人(76)が選んだ「大和の風土はほろびの美」など百文字が刻まれている。「風」は寺尾さんが最も好んだ漢字だった。
寺尾さんを慕う人たちの、村に記念碑を建てたいという声を知った安田管主が、関義清・明日香村長に相談、村民から飛鳥石の寄贈を受けるなど関係者の協力を得て完成した。飛鳥保存運動は、35年前に全国的な話題となり、今日の村の景観が残るきっかけとなった。 |
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ゴルファーの夢はエイジシュート。6000ヤード以上のコースを自分の年齢以下で回ることだが、三田市の宮崎敏雄さん(80)=写真=が、ホームコース三田レークサイドCCの60歳以上の有志メンバーによる競技会でこのほど、年齢と同じ80(41・39)で回って果たした。1300人の会員がいる開設32年の同クラブでも初の快挙という。
仕事一筋できて、「健康のために」と周囲の勧めで初めてクラブを握ったのは60歳。会社を子息に任せた65歳から熱中し、今は公認ハンデ16で、ホールインワンも2度経験。「体力、気力が続く限り、挑戦し続けたい」と張り切っている。 |
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