ニューシニアの必読紙「フロンティアエイジ」
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音と生きて101歳 中川牧三さん 学んで歌って振って教えて
 
中川牧三さん
 日本のクラシック界の草分け的存在で、104歳にして現役音楽家。日本イタリア協会会長でもある中川牧三さんは07年の新春を久しぶりに故国で迎えた。

 3年前に関西フィル、京都フィルでタクトを振り「指揮の世界最高齢記録」と話題を呼んだが、今年も早々にステージの予定があるほか、「イタリア声楽コンコルソ」をはじめ内外の20以上のコンクールで審査員を務める。戦前の音楽留学から70余年、ベルカント唱法の普及に全力投球する活躍ぶりは年齢を突き抜けている。
 
夢の如く過ぎ今も楽し ボローニャ在住年に何度か往来
 
水仙
断崖に咲く500万本の野水仙。紀伊水道に向けて芳香が広がる=淡路島灘黒岩水仙卿
季々彩々 写真 青井 捷夫
 「日露戦争(1904〜05年)に勝って提灯行列があり「日本勝った、日本勝った、ロシア負けた」という歌がはやった。歌の節は今でも覚えている」という中川さんは1902年(明治35年)12月7日、京都市生まれ。10年前からイタリア・ボローニャに居を構え、京都や大阪との間を年に何度か行き来する。この時期を中心に年間の半分近くはイタリア住まいだが、邸内の修理のため珍しく日本で迎えたお正月だ。「のんびりできると思ったのに、レッスンしたり対談やあいさつに引っ張り出されて」忙しい。センテナリアン(1世紀を生きた人)の健康長寿法を聞くと、「長く生きた実感はない。好きなことをしているうちに夢のように過ぎた」「まだまだ見たいもの、知りたいことがいっぱいあって楽しくてしようがない」「オペラがあってよかった。歌がなかったらとっくに今の自分はない」―音楽一筋、ベルカント命の情熱と活動にただ脱帽だ。

 現在も怠ることのないレッスンも大きい。歌い始めると背筋が伸び力が出てくるという。1時間のつもりが1日がかりになることも。横隔膜だけを動かす呼吸法、頬や口の筋肉、下半身の使い方、姿勢など正しい状態で長年歌い続けてきたベルカント(美しい声、よい発声)唱法のたまものだ。
中川牧三さん

 もうひとつは中川さんを育て、とりこにしたイタリアの空気かもしれない。ボローニャは大学発祥の地といわれ現在も30にのぼるアカデミアがある。若者が多く、エネルギーと知的刺激に満ちている。居宅は教会のそばにあり、静かだ。「なにより空気が甘い。呼吸すれば元気が出る。みんな明るくて親切だし、音楽以外の古い友人も多い。知らない人でも年齢を知れば「あやからせて」と抱擁してくる」そうだ。

 「音楽の分野で日伊のきずなを長期かつ全力で強めた」として05年、イタリア政府から最高位勲章「グランデ・ウフィチャーレ」を日本人で初めて贈られた。「今後も手は緩めない。勲章はありがたいが、本当の勲章はこれまでに培った人のつながり」という。190センチあった身長は少し縮んだが、中川さんの「矍鑠(かくしゃく)たる世界」は広がり続ける。

◆中川牧三さん 1902年、京都市生まれ。30年にベルリン国立高等音楽学校に留学。その後ミラノヴェルディ国立音楽院、国立スカラ座歌手養成所、南カリフォルニア大学で学んでイタリア、アメリカでテノール歌手として活躍し34年帰国。第2次大戦中は上海陸軍報道部スポークスマンの立場で上海での日独伊外交、文化工作に携わった。戦後、イタリアオペラを関西で初上演し、オペラの神髄といわれるベルカント唱法の普及に尽力。69年から若手歌手の留学を支援するコンクール「イタリア声楽コンコルソ」を続ける。2004年、101歳で指揮の世界最高齢記録を達成。イタリア政府からの叙勲のほか、京都府文化賞「特別文化功労賞」などを受賞。
 
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