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| 奇跡の聖水求め数百万人が巡礼 |
欧州では異例の軟水に近い水質 |
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「恵みの水88カ所」をフロンティアエイジと協働で選定した地学の専門集団「関西湧き水サーベイ」の一行9人がこの夏、世界3大奇跡の水のひとつ、フランス南西部ピレネー山脈ふもとのルルドの町を訪れ、その聖水の分析を試みた。柴山元彦代表=写真=にその旅の報告を寄稿してもらった。
ルルドの駅は人口2万人弱の町にしては長いホームが何本もあり、貸し切り列車が止まっているなど普通の駅とは異なる風景だった。ヨーロッパ各地から年間数百万人もが訪れる巡礼地の駅であるためだ。街のホテルの部屋数もフランスではパリに次ぐ多さという。
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駅を出るとすぐ、目の前にこの町の中心部にある台地が見えてその上に城砦がそびえ、その彼方にピレネー山脈の険しい山肌が続く。台地は岩の様子から石灰岩を主体としたものだろう。その台地を取り囲むように町が広がっている。駅から坂を下りて10分ほど行くと、両側にみやげ物店が連なる通りに出た。どの店にも大小の聖母マリア像やその関連の品々、そして聖水を入れるためのポリ容器などが売られている。
みやげ物店街を抜けると川に出る。ピレネーの山を源とするポー川で、そこにかかる橋を渡るといよいよ聖域に入る正門。正門をくぐると広い芝生の庭と道が広がり、その向こうに3本の塔がそびえるロザリオ教会の聖堂が見える。右手には送迎センターや病院の建物があり、そこでは空路や鉄道で到着する巡礼の人々の送迎や病人の介護などに、世界中から集まったボランティアの人々が活動している。
ルルドで奇跡の水と呼ばれる聖水が湧き出たのは1858年のことだ。当時14歳だった貧しい粉引き一家の少女マリー=ベルナルド・スピル(通称ベルナデット・スービルー=1844〜79年)が、妹とともに山へ薪拾いに出かけたところ、洞窟に白いベールをまとった女性が現れて「15日間ここに来るように」と告げ、15日目に多くの人々が見守る中、ベルナデットが女性の告げた場所に手を当てると泉が湧き出たという。その後、泉の水を飲んだ人の病気が治るという奇跡が続く。教会はベルナデットの前に現れたのは聖母マリアであり、66の治癒例を奇跡であると認定。話はまたたく間にフランス中に広まり、鉄道の敷設によってヨーロッパ各地から人々が訪れるようになった。
ロザリオ教会は、その聖なる水が湧く洞窟がある岩塊の上に建てられている。教会正面の右手へまわると、聖水が出る管が岩を取り囲むように設けてあり、1メートルほどの間隔でつけられた蛇口の上のボタンを押すと一定量の水が出るようになっている。その数は20〜30はあっただろうか。水を顔にかける人、手にすくって飲む人、容器に入れる人などさまざまである。水場の右手の浅い洞窟に行くと、床がガラス張りされた部分があり、その中に泉の源泉が照明で照らされていた。巡礼の人々はこの水が湧き出る岩やその上のマリア像の足元に触ったりして出て行く。 |
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私たちも聖水を口に含んでみた。これまで多くの日本の湧き水や名水を味わってきたが、ここの水もこれまでにおいしいと思った水と同様、のどにさわりがなくて飲みやすい、良い水だった。調べてみるとpH8、硬度100で水温18度(周辺の気温は30度)。私たちが日本で普段飲んでいる水に比べると硬度はやや高めではあるが、ヨーロッパの水が全般的に硬度が高い(パリの水道水は硬度200)中では非常に飲みやすい、軟水に近い水であるといえた。
中世ヨーロッパでは、各地の教会が巡礼の旅人の宿泊地となり、旅人が病気になれば看護した。そのような教会をホスピスと呼び、病院をさすホスピタルという言葉はここからできた語だといわれる。ルルドで行われている聖水による看護も、このような歴史の中で培われてきたホスピスなのだろう。
日本で名水の湧き出る水場とは、雰囲気もそこでの活動も大きく異なる。次から次にボランティアに付き添われた車椅子の人たちが聖水へ向かう姿を見るうち、ここが聖地であることを強く感じさせられた。私たちも改めて敬虔な気持ちを抱き、再びこの水を口に含んだ。
◆ルルドの水はロザリオ教会からのみ世界へ配送してもらえる。1リットルで日本へ送料などを含め32ユーロ。“ASSOCIATION DIOC?SAINE TARBES ET LOURDES”BUREAU DES DONS-1, Av. MGR TH?AS-65108 LOURDES CEDEX FRANCEへ料金を先に払うと送られてくる。また、日本ルルド巡礼センター(FAX0728・63・6668)に問い合わせる方法もある。
(柴山 元彦=関西湧き水サーベイ代表) |
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