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| 旅−歴史を歩けば |
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| てんびんの里・五個荘 |
近江商人の心意気漂う |
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てんびんを担いで、商いの基礎を築いた近江商人発祥の地―その言葉にひかれ、滋賀県東近江市の五個荘(ごかしょう)に向かった。商人屋敷が現存する金堂地区は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された集落。薄日の間から時折みぞれが落ちる日だった。 (高橋 徹)
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琵琶湖東岸の国道8号を北へ走り、湖東平野の中央にそびえる繖山(きぬがさやま=432メートル)の南麓を過ぎると、もうそこは五個荘。江戸時代から昭和初期にかけ、内外で活躍した近江商人たちのふるさと金堂地区は、国道から500メートルほど離れた水田地帯の中にあった。
保存地区に選定されたのは9年前。ここには白壁、舟板張りの建物群だけでなく、古代の条里制の地割を残したまま、社寺や通りを配置する歴史の町並みが残されている。集落を囲む水田も含めた全体景観が、歴史的に価値があると評価されてのことだ。
現在の町並みの基本が出来あがったのは、江戸初期のころらしい。そのころから、弘誓寺、安福寺、勝徳寺などを中心に、商人宅群と農家が肩を寄せ合っていた。もっとも、商人宅とはいえ、商いはよそで行っており、ここは本宅がほとんど。 |
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町並みのランドマークとなる大屋根の弘誓寺本堂は、宝暦14(1764)年に完成した国の重要文化財。浄土真宗の典型的な本堂だと折り紙が付けられている。
もともとが農村集落であり、観光客向けの店はない。尼崎市から来たという藤尾真一さん(27)は「今まであちこち見てきた中で、ここが一番いい」と話す。観光客に受けようとする意図的な修景は施されておらず、昔からあるがままの「むら」なのだ。
同地区では3戸(他地区でも1戸)の近江商人屋敷が公開されており、商人たちの暮らしぶりを学ぶこともできる。
「初めて見ました。勉強になりました」。藤尾さんと一緒だった田岡真由美さん(31)は、作家でもあった外村繁邸から出てきていささか興奮ぎみ。井戸から汲み上げた水を、少し離れた風呂にサイホンの原理を利用して送る装置に「近江商人ってすごい」を繰り返して驚きを語る。
外部の人には見せない空間だった屋敷の蔵も、外村宇兵衛邸では調度品の収蔵方法が分かるよう、当時のままに近いかたちで公開されていた。中江準五郎邸の蔵では、地元の小幡人形をはじめ、全国の土人形を展示している。準五郎は戦前、外地にわずか10年間で20余店もの百貨店を開いた三中井の一族。毛糸で財を成した藤井彦四郎邸は、琵琶湖を模した池を中心にした回遊式庭園が見もの。 |
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近江商人博物館も見落とせない。五個荘小幡地区で中世に登場した小幡商人が、やがて近江商人の元になったという歴史、また「売り手によし、買い手によし、世間によし」の「三方よし」の考え方が、近江商人の評価を高めたことなどが資料をもとに紹介されている。
施設の規模はけっして大きくないが、近江商人の歴史やその活躍ぶりが良く理解できた。老舗でさえ消費者を欺いて恥じないかのような事件が相次ぐ昨今、商いをする人たちにぜひ見てもらいたい場所だと思った。
最近は雪の日が少なくなったそうだが、この日は昼過ぎでも、気温は3度近くまで下がっていた。しかし、どの屋敷内でも寒さを感じることなく、のんびりと近江商人の暮らしぶりをしのぶことができた。
3月30日まで商家に伝わるひな飾り100セットを6カ所で展示中(一部は3月1日から)。JR利用なら能登川駅で下車しバスで約10分。車なら観光案内所のある「生き活き館」に100台分の無料駐車場。問い合わせは東近江市観光協会五個荘支部TEL0748・48・2100へ。 |
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