ニューシニアの情報新聞「フォロンティアエイジ」2月プレミアム号
フロンティアエイジ
第1面 第2面 第3面 第4-5面 第6面 第7面 第8面(広告)
2008年6月プレミアム号第1面 プレミアム号index
 
キューバ 多難な楽園  
 
 
 
封鎖に耐え観光に活路  
   「キューバ大周遊10日間」ツアーに、学生時代の寮仲間らと参加した。キューバの魅力・・・それはヘミングウェイも愛したラテン音楽あふれる情熱の島であり、「カリブ海の真珠」といわれるリゾート地、スペイン植民地時代の旧市街や要塞群の残る世界文化遺産の街、そしてカストロとゲバラの革命で世界に衝撃を与えた独自の社会主義国。様々なイメージが交錯し「一度は見ておきたい」国だった。 (石崎勝義)  
 
パラデロの美しいリゾートビーチ
      ハバナの観光の目玉は世界文化遺産であるスペイン植民地時代の面影を残す旧市街(ラ・アバーナ・ビエハ地区)と海賊の襲撃から町を護った要塞群(モロ要塞、ブンタ要塞など)。旧市街の19世紀後半のコロニアルな町並みの中を、50〜60年代のアメリカのクラシックカーが走るのは面白い光景だ。フォード、シボレー、クライスラー、パッカード、ダッジなどの「アメ車」。思わず小林旭の歌を口ずさんでしまった。

 夜の観光の目玉はトロピカルショー。2000人収容の野外劇場で90人もの男女のダンサーがきらびやかな衣装で次々に現れる。ルンバ、マンボ、チャチャチャ、ボレロ、サルサと、陽気なリズムの連続。国立民族舞踊団の踊り子たちは「国家公務員」。入場料は日本円で8000円近く、貴重な外貨獲得源なのだろう。
 
 
ハバナの要塞群
    ハバナ郊外の小高い丘に白亜の家、フィンカ・ビヒア(眺望楼)がある。文豪アーネスト・ヘミングウェイが、大ヒットした「誰がために鐘は鳴る」の印税で建て、20年間暮らしたこの建物は今「ヘミングウェイ博物館」として観光客を招く。また常宿だったホテルの近くにあるバー「フロリディータ」には、彼が座っていた席に像が置かれ、一緒に記念写真を撮ったりできる。

 ストロと亡きチェ・ゲバラらによる1959年の「キューバ革命」を語らずして、現代キューバは語れない。ハバナから飛行機で約2時間。東部にある第2の都市のサンティアゴ・デ・クーバが重要な舞台だ。独裁者バチスタ政権に対する蜂起は、1953年7月26日(以後は「7・26運動」という)の「モンカダ兵営襲撃」で始まった。「7月26日モンカダ兵営博物館」となっており、今も壁の銃痕跡が生々しい。
 
 
歌い踊ってしたたかに  
 
 
トロピカルショー
内務省ビル
    この時は失敗したが再起し、反革命軍との闘いを重ねて政権掌握、アメリカとの国交断絶、ミサイル配置を巡って核戦争寸前まで行った米ソ冷戦下の「キューバ危機」。それらの記憶は鮮烈だ。1991年にソ連が崩壊した後は孤立状態となり、アメリカの経済封鎖で物不足となり経済はどん底に。

 力を注いできた観光産業振興策が近年ようやく実を結び、カナダやヨーロッパ諸国からの観光客で町は活気を取り戻している。白砂のビーチとカリビアンブルーの海が美しい屈指のビーチリゾート「バラデロ」には、30キロも続くビーチ沿いに大型ホテルが立ち並び、豪華客船も寄港。われわれも海水パンツ姿ではしゃいだ。

 「個人崇拝」を嫌うカストロ(おみやげのTシャツはゲバラばかり)は、カリスマとして大衆の人気は抜群とはいえ、一党独裁の支配者には違いない。病気静養を経てようやく今年、約50年間に及ぶ政権トップの座を弟のラウル・カストロに譲り、実質的に集団指導体制に入った。「自由化」の動きも一部にうかがえるが、まだまだ多難な道が続きそうに思えた。

 《メモ》関西空港からカナダ航空でバンクーバーまで約10時間、乗り換えて約4時間半でトロントに着き一泊して空路約4時間で首都ハバナへ。経済封鎖の強化に伴って2004年11月から米ドル流通禁止措置が取られ、USドルは全く使えないため、関空で両替したカナダドルを現地通貨に両替した。1Cuc(兌換ペソ)=24キューバペソ=約130円。

 
ASA(朝日新聞販売店)は元気シニアを応援します。
  株式会社フロンティアエイジ
  〒541-0046 大阪市中央区平野町3丁目1−8−301
  TEL:06−6202−3133 FAX:06−6202−3055 
  e-mail : 
ニューシニアの必読紙「フロンティアエイジ」
Copyright 2005 Frontier-Age All Rights Reserved
フロンティアエイジ 会社案内 所在地 広告案内