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終戦の年の春までの1年間、瀬田国民学校5年智組の7人の少女たちが書き重ねた191枚の絵日記による「戦争の記憶展〜戦中学級日誌」が16、17両日、大津市の瀬田北市民センター(JR瀬田)で催される。戦火に直接さらされることのなかった地域とはいえ、当時の学校生活の様子がありありとうかがえ、同展の企画を推進してきた龍谷大学国際文化学部の吉村文成教授(68)は「薄れゆく戦時の記憶を、タイムカプセルを開いたようによみがえらせる得がたい資料」と評している。(高橋徹=8・9面に特集) |
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主催は地元の歴史グループ、南大萱資料室=松田庄司室長(77)ら8人=が中心となった南大萱「戦争の記憶展」委員会。6月に龍谷大学瀬田学舎で同じ企画展があった際に全面協力し、今回は大学側のサポートを得て地元開催を実現した。
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| おどけた顔と毛深さで名はタヌキマメ。開花も朝から夕まで自在にたぶらかす=河内長野市で |
| 季々彩々 写真 青井 捷夫 |
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絵日誌を描いたのは今も地元に住む浅野晶子、内田喜代子、奥村早智子、本郷豊子、森川静江、吉田清子さん(50音順)と故人の長野てる子さんで共に昭和8年生まれ。5年智組は女子だけ50人のクラスで担任は西川綾子先生。大萱と大江集落の児童が中心だった。
絵日誌は始業式のあった昭和19年4月5日から始まり、夏休みの30日間を除き、終業式前日の20年3月19日まで、様々な出来事が、わら半紙に筆を使って墨と絵の具で書き綴られている。
西川先生は今も健在で90歳。龍谷大での展示の際、講演会で次のように語っている。「当時の矢島正信校長は総合教育に熱心な方。絵日誌はそれに最適だと思った。雑誌も絵本もなく、新聞は戦争の記事ばかり。絵日誌を書くことで、表現力も育つだろうし、書かれたものを見ることでクラスの友情も深まるだろう。そして戦後に人目にふれることがあれば、戦時中の暮らしを理解してもらえるだろうと考えた」
開催準備中の内田、奥村、本郷、吉田さんの4人に話を聞いた。それによると西川先生は書(描)くことが好きで、帰宅を急ぐ必要のなさそうな子を選んでもちかけた。みんな喜んで引き受け、大萱、大江両地区が交互に担当した。放課後に教室に残って書き終えるまで先生はほとんど口をはさまなかったという。「出来上がったのを渡すと、いつも「よくできました」とほめて下さった」と当時の思い出は尽きない。
絵日誌をまとめて展示することになったきっかけは3年前、吉村教授が大萱地区のため池調査の際に知った南大萱資料室の存在。主なメンバーは03(平成15)年に刊行された「南大萱史」の編集委員たちで、吉村教授はその郷土史の内容に圧倒された。集めた資料の中にあった絵日誌の写真24枚を含めて昨年4月、瀬田学舎で「大・南大萱展―瀬田の今と昔」を開いた。
絵日誌の写真を提供したのは吉田さん。79(昭和54)年に開いた智組同窓会で西川先生から「覚えていますか」と現物を見せられ、借り受けて複写した手札サイズ。「懐かしくて、ぜひ手元におきたいと思った」という。
吉村教授は「大・南大萱展」が終わった後、全作品を展示する場を設けたいと、絵日誌を書いた人たちに相談。現物はその後、偶然の経緯を経て大津市歴史博物館に寄贈され、現存していることがわかった。傷みがひどかったが、幸い同博物館がデータ化しており、南大萱資料室副室長の国松巖太郎さん(74)らが解説を添えるなど、1年がかりで「戦中学級日誌展」開催にこぎつけた。 |
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