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日本に多くの建築物を残したヴォーリズが建築を手がけて100周年。
昨年からことしにかけて各地でヴォーリズ展が開催される中、彼が半世紀にわたって暮らし、生涯を終えた近江八幡でいま、街に残る25の建築物の多くををいかし、市民や学生らの手作りによる「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展in近江八幡」が、11月3日まで催されている。(木下二二男) |
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JR琵琶湖(東海道)線の近江八幡駅から長命寺行きバスで約8分、大杉町で下車するとレトロな雰囲気の「白雲館」が目に入る。ヴォーリズ建築ではなく、明治時代に学校として建てられたものだが、改修されて観光案内所併設の市民ギャラリーになっている。ここにヴォーリズ展の総合受付があり、市内のすべての展示場が見られる入場券(大人1000円)を販売、順路地図付きのガイドブックもある。
すぐ近くには八幡堀があり、ここを中心とする約1.5キロ四方が、古い街並みの保存されている代表的な観光地域。近江八幡は豊臣秀次が開いた城下町としてスタートし、江戸時代以後は商人の町として栄えた。「伝統的建造物群保存地区」に選定され、ベンガラ格子や白壁の残る街並みが、近江商人の息吹きを感じさせる。
低い瓦葺きの屋根が連なる中に、ヴォーリズ設計の洋館が違和感なく溶け込む。生涯の大半をここで過ごし、「近江八幡は世界の中心」と、この町と人々を愛したヴォーリズの生きざまを映すかのようだ。
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ヴォーリズ展は市内を巡りながら見る分散展示。会場となっているのは、ヴォーリズ建築物の「旧八幡郵便局舎」「近江兄弟社学園ハイド記念館」「ヴォーリズ記念館(旧ヴォーリズ邸)」「アンドリュース記念館(旧八幡YMCA会館)」「八幡商業高校」など。普段は非公開や要予約の施設も、この期間は公開している。その他の個人の住宅となっている建物は外観の観賞だけだが、それらの多くがこの地域内にある(地図参照)。
今回の展示は建築家としてのヴォーリズだけでなく、キリスト教の伝道者、メンソレータムを輸入し現在はメンタームを製造する近江兄弟社を起こした事業家、結核療養の先駆けとなる近江サナトリアム(現ヴォーリズ記念病院)をつくった医療での貢献、満喜子夫人とともに近江兄弟社学園を設立した教育者としてなど、ヴォーリズのすべてを紹介するのが目的。施設ごとにテーマに沿った展示をしている。
分散展示をすべて見てまわる行程は約2.5キロ。回るだけなら1時間もかからないが、展示物を見学しながらだと3,4時間。ヴォーリズの建築物を巡りながら、古い街並みの主要ポイントが見られるのもいい。典型的な近江商人の屋敷が並ぶ新町通りには、重要文化財の旧西川家住宅などを含む市立資料館もある。 |
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一巡りしたあと休憩に立ち寄った店はかつての履物問屋で、昔の姿を残しながら、小物を売ったり食事や飲物を提供したりしている。近江牛を扱う店、でっち羊羹や丁子麩の店、江戸時代から続く呉服屋などなど、見落としそうなところで多様な店を発見できる。最後は八幡堀に戻り、八幡瓦の産地のモニュメントともいうべき「かわらミュージアム」を見学。クラブハリエのバウムクーヘンが人気の老舗たねやの店舗ものぞいた。
近江八幡駅からレンタサイクル(1日500円)で巡るのもいいが、道が狭いので車には十分気をつけたい。ヴォーリズ展の問い合わせはハローダイヤルTEL050・5542・8600へ。HPはhttp://vories.jp
◆ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880〜1964) 米コロラド大学を卒業して1905(明治38)年、県立商業学校(現八幡商業高校)英語教師として来日。その後、キリスト教伝道につとめながら、建築家として全国で約1600に及ぶ建物の設計を手がけた。メンソレータムを日本に輸入した事業家でもある。19(大正8)年に一柳満喜子と結婚、41(昭和16)年に日本国籍を取得し、日本名は一柳米来留(ひとつやなぎ・めれる)。58年に近江八幡市の名誉市民第1号となる。 |
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