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朝鮮王朝27代の韓国にある王や王妃の陵墓40基が昨年6月、ユネスコの世界文化遺産に登録された。建国(1392年)から滅亡(1910年)まで約500年間につくられた。TX「宮廷女官チャングムの誓い」や放送中の「イ・サン」、映画「王の男」も、王を巡るドラマ。韓国観光公社が企画した「朝鮮王陵取材旅行」への誘いに乗った。 (川西邦広) |
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まずは基礎知識。ソウルで王陵専門家の李恵恩・東國大教授の話を聞いた。王陵の多くは宮殿から40キロ以内にある。「風水」での立地と併せ、儒教思想の「孝」「忠」を、子孫や臣下が日帰りの墓参や祭礼で実践する意味があるという。「500年続いた王朝の王陵が、景観や様式を備えて40基も温存されているのは世界でも例がないのです」と、李教授は強調する。
最初に訪れたのはソウルからバスで約1時間、最大の王陵群がある九里市の東九陵。初代王、太祖(李成桂)の「健元陵」をはじめ、52年間在位した21代王の英祖と継妃貞純王后の「元陵」など九つの王陵が200万平方メートルの広大な敷地に点在している。入場料500ウォン(50円程度)。毎年20万人を超える観光客が訪れる。後ろに山、前に水のある地形で、それぞれ30メートルほどの小高い丘の上。「風水的にも最高の場所にある」という。
入口から30分、神聖な領域を示す紅箭門(ホンサルムン)の先は死者と生者が出あう場所。芝に覆われた直径10メートルほどの丸い封墳を高さ3〜5メートルの石像が囲む。武人、文人、羊、虎、馬…。それぞれが陵を守る守護神だ。
健元陵だけはススキで覆われていた。高麗の将軍だった李成桂は14世紀末、開城(今は朝鮮人民共和国内)に新王朝を開いて初代王となったが、「骨は故郷に」と遺言し、故郷永興の土とススキを東九陵まで運んで植えたという。 |
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最も偉大な王とされる4代王、世宗の「英陵」はソウルから車で1時間半、米の産地驪州にある。通路左側に日時計、測雨器、天体観測器具など王が発明、製作した機器が並び、まるで野外科学博物館。1万ウォン札に姿を残すこの王は、ハングルの基礎になった「訓民正音」、「庚子字」「甲寅字」など新しい活字をつくり、政治、経済面でも王朝の基盤を固めた。
27代の国王で名の最後に「祖」の付く王が7人、「宗」の付く王が18人。死後に贈る称号の廟号だが、2人だけ「君」の王がいる。10代の燕山君と15代の光海君。ともに残酷な治世でク―デターが起き、島流しにされて即位前の名で呼ばれ、陵はない。
今、NHKBSで放映中の「イ・サン」は第22代の正祖が主人公。人気俳優イ・ソジンが演じている。王位継者である父が28歳の時、米びつに閉じ込められて落命、正祖も暗殺の危機にさらされて幼少期を過ごしたが、即位して様々な改革を行い王朝第2の全盛期を開いた。わが国の有間皇子、大津皇子ら悲運の皇子のドラマが重なる。正祖と父追尊荘祖の王陵はソウルからバスで約40分の水原にある。
水原は人口100万人で京畿道の道庁所在地。正祖が築いた水原華城も97年に世界遺産に登録。約6キロもの城壁は石材と煉瓦を併用し、当時の日本と中国の城郭技術を取り入れたという。
全州でのビビンバ、マッコリ、水原でのカルビ、ソウルでの宮廷料理…。本場の料理はどれも美味だった。韓流ブームの中で市民レベルの交流は広がり、若者らはこだわりのない時代だという。だが、わが国の歴史が暗い影を投げかけているのも事実。豊臣秀吉軍の侵攻と乱暴狼藉。日清、日露戦争に続く日韓併合による朝鮮王朝の滅亡。「これは歴史ですから」と、言いにくそうに小声になるガイドの声を聞き、学べば学ぶほどうつむいてしまいたくなる隣国との関係を知る旅でもあった。
最後の夜、ソウルの劇場で観光公社の鄭辰洙・戦略商品チーム長らと人気のミュージカル「Miso(美笑)」を楽しんだ。日本での勤務経験もある鄭さんは「見ること、話すことで理解は深まります。またぜひどうぞ」といい、「美容・整形のメディカルツアーもおすすめ」と付け加えた。 |
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