ニューシニアの情報新聞「フロンティアエイジ」2月プレミアム号
フロンティアエイジ=新時代の開拓者 ナビ
ホ−ム 会社案内 所在地 お問い合わせ 広告情報
第1面 第2面 第3面 第4-5面 第6面 第7面 第8面(広告)
2010年2月プレミアム号第3面 プレミアム号index
 
新幹線に夢 北熊本の街
   新八代(熊本)―鹿児島中央間で04年から部分営業してきた九州新幹線・鹿児島ルート。来年3月には博多―新八代駅間の工事が完成し、全線開通を迎える。これを心待ちしているのが熊本、新玉名両駅もできて県内3駅となる熊本県。九州7県の中では地味な存在だった熊本が、新幹線全通を機に表舞台へ売り出そうと構えている。初冬に県北部の3市を訪ねた。 (川崎市郎)
 
米の高瀬港と花と湯の玉名  
 
玉名市高瀬の裏川水際緑地
 熊本県はバス路線が発達している。玉名市内をのんびり回ってみようとバスに乗った。玉名市は阿蘇を水源とする菊池川が有明海へ注ぐ沖積平野にあり、江戸期から干拓事業が盛んだった。米どころだけに田んぼが広がる。道端の所々に大輪のユリが咲き残り、農家の庭の柿の木には赤い実が二つ三つ。

 菊池川右岸に沿う高瀬の町は「菊池川水運」として文化庁の「歴史の道百選」に選ばれている。中世から海外交易の港として栄え、明の史書にも地名が載る。キリシタン宣教師が布教し、石火矢(南蛮大砲)が据えられたこともある。

 江戸期には年貢米を大坂の堂島会所へ送る積み出し港として賑わった。堂島に全国から集まる450万俵のうち、高瀬港からは20万俵以上が届いた。高瀬大橋下流の堤防に、俵ころがしの跡が残る。高瀬御蔵(米集積所=焼失)の米俵をここまで運び、船着場へころがし落としたのだという。
 
玉名市
 菊池川沿いに上ると左手から流れ込む裏川。元は保田木城の堀で江戸期に高瀬の商人たちが荷揚げに便利なよう改修したという。長崎で工法を学んだという高瀬目鏡橋(県指定重要文化財)が架かり、旧商家の高い石垣の川床に初夏には約6万6千本の花菖蒲が咲きそろう。市内には玉名温泉もある。

 菊池川の上流には山鹿市がある。和紙だけで作った山鹿灯籠で知られ、夏に浴衣姿の娘たちが黄金色の灯籠を頭に着けて踊る山鹿灯籠まつりが有名だが、冬も街に和傘灯籠が並んで光の道ができる。

 この町も高瀬港へ運ぶ肥後米を集めて栄え、豊前街道の宿場としても発展した。川べりには往時の惣門が復元されており、古風な造りの味噌屋、造り酒屋、酒蔵、煎餅屋などが立ち並ぶ。その街並みを残すため、電線は地中に埋めたのだそうだ。

 小道に入ると、古い芝居小屋の八千代座(国指定重要文化財)がある。1910(明治43)年に土地の“旦那衆”たちが力を合わせて建ててから百年。歌舞伎の坂東玉三郎が今秋、20回目の公演を予定し、中村勘三郎もここで襲名披露の公演をしており、国交省の07年度「美しいまちなみ大賞」を受けている。
 
レトロの山鹿 野趣ある菊池  
 
山鹿市
 さらに上流にある菊池市を訪れ、水源交流館で泊まった。廃校になった中学校舎を利用して農家の様々な作業を体験し、地域の人々と交流するツーリズムの拠点。真竹を割って箸を作り、元教室を畳敷きに改装した寝室で、少年時代の戦時疎開体験を思い出しながら4人の相客と眠りにつく。

 翌朝、市街地で行き合わせた市商工会主催の第4日曜「軽トラ朝市」が楽しかった。約1キロの市道沿いに軽トラック約80台が出張り、野菜・魚・乾物や土地の名物「だご(団子)汁」など食品・日用品はもちろん、骨董品まで売っている。売り手は夫婦や家族連れが多いが、外国人留学生もいて、それぞれに客を呼び込む。

 無料のお点前にもあずかった。年配の男性が荷台の緋もうせんに羽織姿で座って茶を点て、奥さんが「よろしければ…」とNPO活動への支援金を募る。山あいの地からキジ肉を売りに来ている夫婦もいた。焼き肉の野趣ある美味にひかれ、生肉も炊き込み飯も買い求めた。帰路のバス停近く、夢美術館前にある菊池温泉からの足湯に皆と足を浸し疲れを癒した。九州新幹線の全通後は新大阪から最速3時間と近くなる熊本。そのころにまたぜひ訪れてみよう。
 
ASA(朝日新聞販売店)は元気シニアを応援します。
  株式会社フロンティアエイジ
  〒541-0046 大阪市中央区平野町3丁目1−8−501
  TEL:06−6202−3133 FAX:06−6202−3055 
  e-mail : 
ニューシニアの必読紙「フロンティアエイジ」
Copyright 2005 Frontier-Age All Rights Reserved