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九州新幹線の博多―新八代間が3月12日に開通し、鹿児島中央まで1本でつながって新大阪から3時間45分。新鳥栖からの長崎ルートも工事中で近畿圏から九州各地への旅が格段に便利になるのを前に熊本、佐賀、鹿児島を訪ねてみました。見るべきもの、知るべきことの多かった旅の報告です。 |
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新幹線・新八代から乗り継いで八代からのJR肥薩線は球磨(くま)川沿いに山を縫って走る。山を抜けると盆地のまち、人吉に着く。「九州の小京都」と呼ばれる熊本県人吉市は「相良700年」の城下町でもある。鎌倉時代から明治維新まで相良氏の統治が続いた。相良氏の居城だった人吉城跡の石垣が球磨川に沿って続く。45万平方メートルの広大な敷地。館は既にないものの球磨川を外堀にした「川の城」の姿を今も残す日本百名城の一つだ。市教委の山本研央学芸員は「中世から近世の城郭の歴史がたどれます」という。西南戦争では西郷軍の陣地となった。
人吉駅近くの青井阿蘇神社は相良氏の氏神。08年に茅(かや)葺きの社寺建造物として初めて国宝に指定された。拝殿屋根などの茅を一部差し替える作業が年末から数十年ぶりに始まっていた。茅は阿蘇産。「竹と同じくらいの強さがあるんです」と、神社の語り部の立石芳利さん(63)が茅を見せてくれた。今回の旅の案内役のボランティアガイド時田安夫さん(77)も「差し替えを見るのは初めてです」。作業は春に終わる予定という。
人吉・球磨には「隠れ念仏」の歴史が地域のあちこちに刻まれている。人吉藩は薩摩藩と同様に明治維新まで、300年以上も一向宗(浄土真宗)の信仰を禁止していた。人吉市の北に位置する山江村の山江村歴史民俗資料館には、隠れ門徒が密かに祈った「隠し仏間」、まな板や傘に本尊を隠した「まな板本尊」「傘仏」の複製などが展示されている。「まな板本尊」「傘仏」の実物を保管する人吉市の楽行寺住職、富士谷澄照さん(50)はいう。「土地の藩主は相良さんだが、心の藩主は阿弥陀さまだったのです」
市内中心部の鍛冶屋町通りにはお茶やうなぎ屋などの老舗が並ぶ。その一つ、味噌・醤油を製造、販売する釜田醸造所は昭和6年創業。大正時代の母屋を改装したロビーでは味噌漬などが試食できる。約500年の歴史を持つ球磨焼酎(米焼酎)の蔵元は地元に28もある。居酒屋で「お酒!」といえば、米焼酎が出てくる土地柄だ。
温泉の町でもある。人口約3万6千人の市内に31の温泉施設。うち21はレトロな銭湯形式の公衆浴場で、それぞれ独自に泉源を持つ。番台があるのはわずかで、ほとんどは自分で料金箱に入れる。人吉城近くにある銭湯「元湯」(200円)に入った。番台はあるが、シャワー、せっけんやシャンプーの備え付けはなく、客は自然と浴槽の回りに座る。「これがいいんです。話がしやすくて」と地元の人はいう。じわりと体が温まり、中世から続く城下町の風情がまだ息づいているように、時間もゆったり過ぎていく。 (安) |
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新幹線の鹿児島中央駅に降り立った。鹿児島は40年余前に3年間、新聞記者として過ごした地。懐かしい思いで市内を巡り、さらに薩摩半島南部の枕崎への旅も楽しんだ。
まずは中央駅から徒歩数分の「維新ふるさと館」へ。円形のすり鉢状ホール。西郷隆盛、大久保利通や土佐の坂本龍馬らの等身大ロボットが、舞台や座席の脇から現れ、幕末の混乱をまとめあげて新政府樹立へ進んだ過程を、映像とロボットの語りで描いていく。鹿児島が輩出した維新の英雄たちの活躍と歴史を改めて知った。
次は薩摩藩主・島津家の別邸、仙巌園(磯庭園)へ。お茶会や映画ロケなどがあるたび取材に駆けつけたところだ。園は錦江湾を池、桜島を築山(つきやま)に見立ててつくられただけに、間近に桜島の絶景が広がる。この日は頂上付近に雲がかかっていたが、藩主が暮らした御殿内を案内され、お茶を喫し、両棒(ぢゃんぼ)餅を賞味した。
すぐ隣の尚古集成館は薩摩藩が造船、造砲、紡績、「薩摩切子」のガラスなどに取り組み、近代工業の礎となった工場の地で、博物館になっている。館内を歩くと、薩摩が当時では突出した先進性を持っていたことが納得出来る。
夜は市役所前の「名山堀」へ出かけた。狭い路地を挟んで長屋風の飲み屋が並ぶ。飲み歩いて地元の人と話し、焼酎を何度もお代わりした。
カツオのまち、枕崎に新名物があると聞き、別の日に足を運んだ。船上で血を抜いて急速冷凍した新鮮な「ぶえん(無塩)カツオ」だ。ここはまた黒豚の中でも極上ブランドの「鹿籠(かご)豚」を産する。地元の醤油で食べるカツオの刺し身は臭みが無くて甘く、ブタの角煮は柔らか。記者時代にはなかった味だ。薩摩酒造の明治蔵で、焼酎づくりも見学した。
桜島を別の角度からも見たくて、旅の締めくくりに北薩の吉松駅から黒塗りの2両観光特急「はやとの風」に乗った。嘉例川駅など百年を超す駅舎の所では長めに停車。木で内装されたレトロ調の車内を女性乗務員が回って沿線案内や車内販売、乗客の記念撮影も手伝う。中央駅まで1時間半。期待した桜島の眺めはまた雲に阻まれたが、沿線の自然に身をゆだねるのんびり旅は、よきものであった。 (ん)
◆メモ 市内巡りは市バスのシティビューが便利。1日乗車券(大人600円)で乗り降り自由。ボランティアガイドの案内(事前予約制)で、まち歩きも出来る▽枕崎へは中央駅からバスで1時間40分ほど。焼酎の蔵元は県内に百以上あり、見学出来るところも多い▽「はやとの風」は1日2往復。春には同様の「指宿のたまて箱」が1日3往復、指宿―鹿児島中央間を走る▽問い合わせは鹿児島県大阪事務所(TEL06・6341・5618)へ。 |
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山陽新幹線終点の博多からJR特急で約1時間。佐世保線の武雄温泉駅で降り、「いで湯と陶芸のふるさと」佐賀県武雄市を巡った。九州新幹線・新鳥栖駅の開業で観光客増加が期待される山あいの温泉町だ。
約1300年前の「肥前風土記」にも登場する武雄温泉。豊臣秀吉の朱印が入った入浴心得や剣豪宮本武蔵やシーボルト、伊能忠敬らの入湯記録も残るという。竜宮城を思わせる色鮮やかな楼門と温泉新館は地元佐賀県出身で東京駅や日本銀行本店などを手がけた辰野金吾の設計。1915年の建築で国の重要文化財。温泉情緒たっぷりの「元湯」(400円)に入り、豊かに湧き出るなめらかな湯にほっこりした。「殿様湯」「家老湯」など家族向けの貸し切り湯もあり、炭酸水素を含むアルカリ性単純泉。疲労回復や神経痛に効き、保湿性が高く美肌をつくるという。27ある市内の旅館、ホテルなどにも立ち寄り湯がある。
武雄の陶芸は隣接する伊万里・有田焼、唐津焼と並び400年超の歴史と伝統を誇る。「象嵌」「刷毛目」「鉄絵緑彩」などの技法を編み出し、江戸時代からカラフルな焼き物を開発。市内に点在する約90軒の窯元はその伝統を継ぎ、生活道具から茶道具まで素朴でおおらかな作品が人気という。
駅から車で20分の「竹古場キルンの森公園」には、陶芸の里を象徴する「飛龍窯」がある。一度に12万個の湯のみが焼ける全長23メートルの巨大登り窯で全国の陶芸愛好家に利用されるという。
「ゆっくり武雄を味わってもらう滞在型観光を」という市観光課(TEL0954・23・9237)の大野貴宏主任(39)。武雄の「匠」たちと出会い、ものをつくる喜びを味わえるコースを設けた。ろくろや手びねり、彩色に加え、石窯パン焼き、農家めし、シャクナゲ寺での説法と写経など。「長助窯」の長井和男さん(62)が開く自然体験塾は炭焼きの手法で木の実や花を炭にして色紙に貼るオブジェ、青竹でのバームクーヘンやピザづくりで人気だ。
武雄市の知名度は07年に放送された島田洋七さん原作のテレビドラマ「佐賀のがばいばあちゃん」で全国区に。市長自らロケを誘致し、市役所内に今も続く「佐賀のがばいばあちゃん課」を設置。エキストラや炊き出し、方言指導など市民総出で支援した。20数カ所の撮影現場や残されたオープンセットは今も観光の人気スポット。
その機に地元女性7人で結成した平均年齢77歳の「GABBA(ガバ)」は歌って踊って各地のイベントにひっぱりだこ。その一人、温泉物産館で一膳めし屋を開く「もんぺみよちゃん」緒方美代子さん(66)は別れ際「よかとこでしょ。またきんしゃい、待っとーよ」。ツツジ20万本、サクラ5千本の景勝地「御船山楽園」、巨岩・奇岩の黒髪山一帯もある。
そして、ムツゴロウの有明海と祐徳稲荷神社を見たくて訪れた鹿島市では、居酒屋で出会い「アラカワ」とだけ名乗る72歳の男性が翌日、マイカーで親切に案内してくれた。春にまた、行こうかな。(森) |
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