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フロンティアエイジ第4回探見塾は、エコロジー運動の先駆者・南方熊楠について学びます。終のすみかとした南紀はゆかりの場が多く残り、近年はパワースポットとしても脚光をあびています。
代表的な場所を紹介しましょう。地元の田辺市では熊楠顕彰の事業も盛ん。5月7日には第21回南方熊楠賞授賞式(無料)と記念パーティー(3000円)も同市であり、熊楠顕彰館へ申し込めば先着順で参加できます。(徹) |
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| 救われ今も繁る森・巨木 |
業績伝える顕彰館・ゆかりの地 |
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●南方熊楠邸・熊楠顕彰館(田辺市中屋敷町)
熊楠が1916(大正5)年から亡くなるまで住んだ家。当時のままで保存され、公開されている。新属の粘菌「ミナカテラ」を発見した柿の木もある。顕彰館は膨大な資料の保存と顕彰事業の拠点として2006(平成18)年に建設された。TEL0739・26・9909。月曜日と第2、4火曜休館。300円。JR紀伊田辺駅10分。
●闘鶏神社(田辺市湊)
勝負の神様として知られる。平安時代末に、源氏平家双方から援軍を求められた熊野水軍が、境内で紅白の鶏を戦わせ、神意を確認したという伝説が残る。当時水軍を率いていたのが、弁慶の父熊野別当湛増。境内の森では、熊楠がしばしば植物観察をしていた。妻の松枝はこの神社の宮司・田村宗造の四女。JR紀伊田辺駅約5分。
●高山寺(田辺市稲成町) 聖徳太子草創、空海中興と伝わる古刹。「田辺大師」として親しまれている。旅僧の悲願が子供たちに受け継がれて、江戸時代の文化13年(1816)に建造された多宝塔が有名。熊楠の墓がここにある。JR紀伊田辺駅25分。 |
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●稲荷神社の森(田辺市稲成町)
神社合祀による伐採の危機を熊楠が救った。主要樹種は70〜80%を占めるシイノキで、そのほとんどがコジイ。他にヤマモモ、モチノキ、ヤブツバキなども混生した典型的な照葉樹の森。熊楠は「本邦稀有の珍品」と折り紙を付けた。田辺市指定文化財。創建は平安初期の弘仁年間(810〜824)で、5月5日の御田植神事は市無形文化財。田辺駅から明光バス「農協前」下車。
●継桜王子社・野中の一方杉(田辺市中辺路町)
熊野古道の継桜王子社境内にある樹齢800年ほどの杉。最大のものは幹回り8メートル。ここも神社合祀による伐採の危機にあったが熊楠の猛反対で残り、今ではパワースポットに。県天然記念物。JR紀伊田辺駅から龍神バス「野中の清水」下車。
●南方熊楠記念館(和歌山県白浜町)
熊楠が収集した文献、標本類、遺稿、遺品など資料の保存と公開を目的に1965(昭和40)年に和歌山県が設立した。「番所山」と呼ばれる海を望む絶景の地にあり、熊楠が昭和天皇をご案内した神島も見下ろせる。JR白浜駅から明光バス「臨海」下車。TEL0739・42・2872。木曜と6月28〜30日休館。400円。 |
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異能の人・熊楠を学ぶ |
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| [日時] |
6月4日13時半〜17時 |
[参加費] |
500円 |
| [場所] |
エル・おおさか
(地下鉄・京阪天満橋西350メートル) |
[申し込み] |
〒住所・氏名・年齢・TELを明記し、はがき(〒541-0046 大阪市中央区平野町3−1−8−501 フロンティアエイジ「探見塾」係)か、FAX(06−6202−3055)で5月9日必着。定員150人・応募者多数の時は抽選し、当選者のみで通知 |
| [講演] |
土永知子・和歌山県立日高高校教諭
(生物学=写真右)
「熊楠の見た熊野の森」 |
[主催] |
フロンティアエイジ・南方熊楠顕彰会 |
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上田正昭・京大名誉教授
(古代学=同左)
「南方熊楠の学問と理想」 |
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[DVD
上映] |
「昭和天皇と南方熊楠」(約25分) |
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フロンティアエイジの第4回探見塾のテーマは「異能の人・熊楠を学ぶ」。世界的な博物学者として知られる南方熊楠(1867〜1941=写真)とは、どういう人だったのかを知る催しです。熊楠が亡くなって今年は70年。和歌山県田辺市の南方熊楠顕彰会と共催で6月4日に開催します。
熊楠の大きな業績のひとつに、明治後期の政府が打ち出した1町村1神社の「神社合祀」に激しく反対し、鎮守の森を守る機運を高めたことがあげられます。自然保護運動の先駆です。また、数カ国語を操り、その知識は植物学、民族学、民俗学、考古学、宗教学、粘菌、思想など幅広い分野にわたる「異能の人」でした。
しかし、当時の日本では変人扱い。欧米の学者たちには、早くから知られていましたが、日本では昭和天皇や民俗学の父・柳田国男、真言宗の名僧・土宜法龍ら一部の人にしか、その能力を評価されていませんでした。
熊楠の名が広く知られるようになったのは昭和38年正月に発表された昭和天皇の次の歌だといわれます。「雨にけふる神島を見て紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ」。
その後、白浜町に南方熊楠記念館が開館、終のすみかの地の田辺市では、南方熊楠賞を創設したのをはじめ、邸宅の保存・顕彰館の建設などを通じて業績の整理事業などを続けるなかで、偉業の全貌が明らかになりはじめています。
今回は別項のような内容で、「熊楠とはどんな人」という、読者の知的な好奇心にお応えしたいと思います。司会は、南方熊楠賞創設以来、同賞にかかわっている高橋徹・本紙編集委員です。 |
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