ニューシニアの情報新聞「フロンティアエイジ」6月プレミアム号
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2011年6月プレミアム号 第4-5面 プレミアム号index
  ポールを両手に探見ウォーク
   両手に持ったポール(ストック)を交互につき、元気よく歩いている人を見かけたことがありませんか。ノルディックウオーキング(ポールウオーキング)と呼ばれる北欧が起源のスポーツレクリエーション。歩行を助けるポールが背筋を伸ばし、腕振りを促すなど、世代を超えて体力の維持強化に効果的といわれ、新スポーツとして人気が高まっています。

 普及のための協会組織もあり、フロンティアエイジではインストラクター資格を得た3人を中心にこの春、ノルディックウオークの小さな旅を重ねました。歴史や自然も学ぼうという「探見ウオーキング」。その中から3コースを紹介します。普通のハイキングでも快適なコースですが、ポールを持ったウオークは推進力がつくため、楽しみが倍増することでしょう。
 
29日に講習会  
   ノルディックウオークに興味を持たれた方(原則初心者)を対象に、日本ノルディックウォーキング協会公認インストラクターを講師として、次の要領で講習会を開きます。
  ◆日時=29日9時45集合〜12時◆場所=大阪城公園◆費用=ポールレンタル料込み1500円(ポール持参は500円引き)◆定員=30人◆応募=20日までにはがきかFAXで当社(所在地は1面に記載)「N講習会」係へ。(1)ポールレンタルの要・不要(2)「当日の緊急連絡先」も明記。応募多数の場合は抽選、当選者には参加証を郵送します。
 ◆ガイド本も作製中 小紙では今回掲載分も含め数カ所のコースを詳しく紹介した「探見ウオーキングガイド」を秋に刊行予定です。その折には改めてお知らせします。
 
奈良・葛城の道 高天原抜ければ遣唐使祭る宮も
   奈良県御所市の「葛城の道」は金剛山地東側の山裾を南北に結ぶ道。「葛城古道」を軸に古社寺や集落を結んでハイキングコースとして整備され、近畿自然歩道紀泉伊勢南街道ふれあいルートとも重なる。

 近鉄御所駅から五條市に向かうバスを東佐味で下車。バス停東の小山の中に峯山百体観音のほこらがあった。江戸時代末に建立された観音霊場だが、百カ所巡礼は別の機会に譲り、11.2キロの葛城の道踏破に出発した。
峯山百体観音

 棚田を縫う道は一気に高度があがるが、ポールのおかげで急坂という印象は少ない。振り返ると南東の彼方に大峰山系が望めた。バス停から約30分。うっそうとした森の前に現れた赤い鳥居は古代豪族鴨(賀茂)氏の氏神だった高鴨神社。5世紀に雄略天皇によって土佐に流され、奈良時代に旧地に戻った歴史を持つ。近年は保存栽培する500余種の在来種の桜草で知られ、可憐な花たちに迎えられた。

 高鴨神社から比高差で約200メートル上がる高天彦神社に向かう。途中の20分ほどは杉林の中を歩く。林を抜けると小さな盆地があり、数軒の民家や駐車場。高天彦神社の本殿は瓦屋根の建物で「神話の高天原はこの地である」と記した説明板があった。神話の里なのである。ここからは郵便道と呼ばれる登山道が金剛山頂に向かっている。
九品寺千体石仏

 駐車場南の棚田の畦に腰掛けて昼食をとる。高天集落を後にして山腹を南北に走る県道30号を横切り、さらに下りると江戸時代の面影を残す家並みが南北に続く街道筋。葛城の道の要所には社寺や遺跡、集落などを記した道標がある。御所市観光協会作製のイラスト入り「葛城の道コース」の地図と見比べながら進めば大きくルートを外れることはない。

 近世初頭の建築という重文「中村邸」横を過ぎると右手に長柄(ながら)神社。流鏑馬(やぶさめ)の起源となる騎射を、天武天皇がここで見たと伝わる。やがてルートは旧街道を離れ真西に曲がり、再び金剛山地に向かう上り坂へ。

 突き当たりの山あいに「イチゴンさん」と呼ばれる葛城一言主神社が鎮座している。祭神の一言主は葛城山の神。『記紀』に雄略天皇との出会いが記され、「ひとことだけ」願いを聞いてくれる神様として知られる。のんびり歩いたせいで、高天を出て2時間近く経っていた。
葛城の道

 道は一言主神社の横から、山裾に沿って北方にある九品寺に続く。第2代綏靖天皇高丘宮跡と刻んだ石碑の脇を通り、しばらく行くと眼前が大きく開け、眼下に大和三山や三輪山、奈良盆地。「大和しうるわし」の光景だった。

 九品寺は本堂裏山の「千体石仏」で有名。南北朝時代の庶民が刻んだ地蔵などの石仏が山の斜面に並ぶ。寺の北側はゆるい傾斜の棚田地帯。新しい農道に道標はなかったが、西の山裾にある駒形大重神社はすぐわかった。祭神は遣唐使の一員で無事帰国した地元楢原の住人。旅の安全を祈願する人があるそうだ。

 さらに北に向かって歩くと、道路中央に六地蔵を浮き彫りにした巨石があった。終点の猿目橋は近い。歩きはじめて6時間を過ぎていた。

 ◆メモ 「東佐味」や「猿目橋」へのバスは近鉄御所駅から出るが「東佐味」への便は回数が限られており確認が必要。「近畿自然歩道ガイドマップ」(奈良県自然環境課刊)は所要時間は約3時間40分としているが、見所が多く2回以上に分けるのがお勧め。
 
洛西の竹の径 多様な竹垣めで短命の長岡京へ
   京都盆地南西端の丘陵地帯は、タケノコの栽培が盛ん。向日市観光史跡案内図を手に竹林を歩き、古墳をめぐって長岡宮跡を訪ねた。朝9時、阪急洛西口駅を出発し府道201号を西へ。バス停物集女(もずめ)の交差点で左に折れ物集女街道へ入ると、5分ほどで淳和天皇御火葬所の石碑が立つ火葬塚。遺言で火葬され、西方の小塩山に散骨された。散骨の走りである。

 住宅街を南下すると、まるで帽子の羽根飾りのように、頂上に1本だけ木がそびえる小山。6世紀ごろに造られた物集女車塚古墳だ。石室内の雨水を排出するという溝が小山の裾部分にあった。古代人の知恵が今も機能していることに驚く。
竹の径

 古墳の横から西へ第2向陽小学校前を過ぎると、まもなく「竹の径(みち)」。景観保全のために2000年から環境を整備した1800メートルの散歩道。オリジナルデザインを含め物集女垣、かぐや垣など6種類の竹垣が楽しめる。

 尾根近くまで上って右(北)へ曲がり、再び下って府道201号を横断。亀甲竹林を訪れた。孟宗竹の突然変異種で、節が斜めに亀甲模様になっている。節のくびれを思わず触ってみた。

 人手が入った竹林は竹の間隔が程よく空いて明るい。タケノコ掘りをしていた夫婦が、おいしいタケノコを収穫するには地面にワラを敷き、土を入れ、肥料を入れる作業を毎年欠かさないと話してくれた。親竹にするタケノコは、背丈が伸びきった時に穂先を折り、成長を止めるのだという。まわりの竹はどれも先端部がなかった。
竹林公園の石像群

 竹の径の途中の京都市洛西竹林公園(入場無料) では、資料館に京銘竹、エジソン電球、竹の生態の説明パネルなどを展示。竹製品も販売している。園内の和風庭園には市内の地下鉄工事で掘り出された石像群が並ぶ。織田信長が旧二条城石垣建設のため、有無を言わさず集めた石仏や供養碑という。生態園の遊歩道では全国の竹が観賞できる。

 竹林公園から500メートルほど南に行くと、古墳をイメージしたデザインの古墳垣の向こうに寺戸大塚古墳があった。長さ約95メートルもの大きな前方後円墳の前方部は変形していた。タケノコ栽培のために土をとったからだという。

 竹の径から離れ桓武天皇皇后陵を経て五塚原古墳へ。69メートルの古墳の頂上に二等三角点の標石がある。続いて訪れた勝山公園にある元稲荷古墳は乙訓地方最古の前方後方墳だが、なんと後方部は配水池施設になっていた。
洛西の竹の径

 南側の向日神社から最終目的地の長岡宮跡へは西国街道を横断して東へ10分。阪急京都線西向日駅付近一帯に大極殿、小安殿、朝堂院、築地、内裏内郭築地回廊などの遺構が出土している。長岡京は桓武天皇が造営した784年から10年間だけの短命の都。長く「幻の都」だったが1954年、地元の高校教師中山修一氏が遺跡を見つけ、その後の調査で完成された都とわかった。宮殿部分の遺構は整備され、公園になっている部分も多い。

 西向日駅で解散したのは15時。車窓から何げなく眺めていた丘陵は、実は素敵な約10キロのハイキング道だった。

 ◆メモ 物集女車塚古墳は毎年春に石室を一般公開。長岡宮跡朝堂院公園案内所にはボランティアガイドが常駐。向日市文化資料館は「長岡京の歴史と文化」を常設展示。
 
西宮・森林浴の道 暖帯林の原風景そして震災の傷
   若葉青葉に誘われ、兵庫県西宮市北部の甲山(かぶとやま)森林公園と北山緑化植物園を通る「季節を彩る花と緑の森林浴ハイキング」コースに出かけた。六甲山系東端南麓の丘陵地の道。もちろんノルディックウオーキング用のポールを持って。

 西宮市と西宮観光協会が市制80周年に作製した西宮観光ガイドマップに「ウオーキングモデルコース」としてあげられた5コースのひとつで約10キロ。マップでは阪急今津線の甲東園駅から甲陽線の甲陽園駅へのルートだが、逆回りすることにして、スタート地点も苦楽園口駅に変えた。
越木岩神社

 最初の目的地は越木岩神社。昔の人のように、正面参道から参詣したいと思ったからだ。駅から西に延びた川沿いの小道を行くとすぐ、少し広い道に出て右折。左手は小学校で、通りを横切るとだらだらの上り坂となり、桜の街路樹が続く。途中の豊楽公園は桜の名所。ゆるくS字カーブしながら上りきった先に白い鳥居が見えた。

 越木岩神社は一帯の原風景「暖帯林」の姿を今に伝える県指定天然記念物の森の中にある。神社の起源は巨大な甑(こしき)の形をした岩をあがめる古代祭祀。日本人のDNAに組み込まれたいにしえの信仰の場の雰囲気が体感できる。境内西側の道を上ると県道82号。目の前の山が甲子園球場約2.3個分の広さという北山緑化植物園の南端部。県道沿いに行くと正門に出るが、私たちは夙川短大前バス停近くから山道を登った。
甲山森林公園「愛の像」

 15分もすると小さな峠に着き、森の上に浮かんだような展望台に昇って見下ろすと、木々の緑は多様ながら照葉樹の群落は意外に少なく、越木岩神社の森の大切さを改めて知る。西宮から尼崎、さらに大阪湾へと続く眺望は素晴らしい。「1日遊んでもあきないだろうね」と語らいながら植物園から北山公園を後にし、北山貯水池へ出た。池の奥には椀を伏せたような甲山(309メートル)。新緑に覆われた山に、秋の紅葉の素晴らしさを思った。

 堰堤に続く広場の隅の小さな御堂に赤い前だれをまとった石が安置されていた。水分地蔵と呼ぶらしく「線刻された地蔵は明治末年に何者かに削り取られたが、以後も地蔵さんとしておまつりしてきた」という趣旨の説明板があった。水を采配する水分神のようなご利益があったようで、ここにも日本人の信仰の原点を見る思いがした。

 甲山を中心とする丘陵地は1970(昭和45)年開園の県立森林公園。一画にある神呪寺(かんのうじ)は9世紀初頭の創建と伝わり、「甲山大師」の名で庶民に親しまれてきた。約100段の石段を上ったところに本堂や大師堂。その脇から甲山の山頂まで登れる。83ヘクタールもの森林公園は魅力的な場。子供もシニアも安全にウオーキングでき、すべてを巡れば半日はかかりそう。
西宮・森林浴の道

 甲東園駅方面への東口から出て、少し脇道にそれた所にある仁川百合野町地すべり資料館は、阪神・淡路大震災による土砂災害を学べる必見ポイント。元のコースに戻り洋風建築の多い関西学院大のキャンパス脇を通って甲東園駅まで、花と緑を満喫しながらの森林浴ウオーキングだった。

 ◆メモ 北山緑化植物園(TEL0798・72・9391)の「緑の相談所」(水曜休館)と、甲山森林公園(TEL0798・73・4600)の管理事務所には園内マップ(無料)がおかれ、随所に説明板や道標が立つ。仁川地すべり資料館は月木曜休館。
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