ニューシニアの必読紙「フロンティアエイジ」
フロンティアエイジ=新時代の開拓者 フロンティアエイジ
元気のヒミツINDEX  
 
 
山村 楽正さん(84) 2007年4月号
気です、気の張りです  
 
 
   「お風呂へ行く途中、ええ三味線が聞こえてきますねん。見上げたら2階で舞うてはる」−あれ習いたい、と手を引く母にねだった。まだ3歳で、大阪生まれの難しい地歌舞に惹かれた。

 どうしても舞いたくて、ひとりでその家を訪ねる。「あれっ、どこのコイちゃんや?」「うち、(弁天)座裏のお茶屋の子や」。こうして山村流宗家に入門。「お三味線も習いたい」と父にせがんで地歌の師匠にも付く。以来、81年の舞踊人生である。

  「大病は、はしかぐらい。体の中はいつも舞のことばっかり。病気が入って来にくいんでっしゃろね」
一人娘で女王様だった。小学校時代は男の子に馬乗りになって泣かせたほどのお転婆娘。「女学校より舞や」と言い切り、14歳で山村楽正を名乗る。舞、地歌ともにめきめき上達して早くから師範代に。17歳で結婚した夫を南方戦線で失った。

 1973年から毎日放送「素人名人会」の審査員になり、はんなりした批評で人気者になった。技量と人気を認めた松竹が85年から京都・南座で「山村楽正 舞わせてもらいます」を7回催し、道頓堀・中座(閉館)でも87年から9回開催。当日券の売れる稀有の舞踊家として名をはせ、東京公演もたびたび。大阪文化祭賞、大阪市民文化功労賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞し、紫綬褒章、勲四等宝冠章を受けた。

 今でも1カ月のうち大阪で8日、名古屋で4日、東京と岡山で1日ずつ稽古を付ける。「私みたいな者(もん)でも喜んでくれはるうちは・・・」と謙虚だが、稽古は厳しい。気が抜けている弟子には「集中しなはれ」ときつく叱る。

 「元気のヒミツは、やっぱり気、気の張りでんな。何でも気力が充実してんとあきまへん」

 今年は若い頃にみっちり仕込まれた山村楽(2代目)の70回忌に当たる。秋に追善舞踊公演をする計画で、先頭に立って早くも準備を始めている。 (崎)
     
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