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世間様に顔向け出来ん
 
  上田 文世
 
   4月19日は桂枝雀さんの命日。今年は7回忌で、追善落語会が東京・歌舞伎座や大阪・サンケイホールなどで開かれ、いずれも満席だった。7月には京都・南座でもある。歌舞伎座では、ビデオで「代書屋」が流され、観客は、生の高座と同じように大笑いした。彼は、まさに「爆笑王」の名にふさわしい落語家だった。
   枝雀さんは周囲の人によくこう話していた。「我々は1席語ってせいぜい30分か40分。世間の人は1日8時間は働く。我々はその分ちゃんと稽古しとかんと、世間さんに顔向けが出来ん」
 その言葉通りだった。電車の中でも、歩きながらでもネタを繰る(声を出して稽古する)のを忘れなかった。体調不良の時も、自宅で部屋を歩きながら稽古しているのを目撃している。英語落語のイギリス公演では、目的地へのバスの中も稽古場。「お父さんは休みというても、公演してないだけ。お稽古はしょっちゅうしてました。何にもせんとご飯を食べ、お酒を飲むことに、罪悪感を感じてましたね」。妻の志代子さんの話だ。
 「マンモス狩りを終えて火を囲み獲物を焼く。笑い話がうまいのがいて仲間が言う。『あんたは狩りに出んでもええ。帰ってきた我々を笑わせてほしい。獲物の分け前はきちんと渡すから』。そう言われる人がきっといた」。−プロの噺家誕生は石器時代だと、枝雀さんは冗談交じりに話していた。
 普通に働いて物を作り、物を売るのに興味はない。でも、日常のことに疲れた人を和ます、今風に言えば癒すことは出来る。その役に徹するためには、稽古を重ねることだ。言うは易いが実行は難しい。それを出来たのは、「世間様に顔向け出来ん」という気持ちが、枝雀さんにあったからではなかろうか。
 「稽古を重ねれば自然と、次の言葉が出てくる。そうなると、稽古しながら落語の中身を工夫する余裕が出てくる。枝雀さんをみて、いかにネタ繰りが大事なのかが分かった」。桂三枝さんからは、そんな話を聞いた。  (演芸ライター)
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