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落語の笑いは世界を結ぶ
  上田 文世
 
   山本正昭さんが昨年末、亡くなった。62歳だった。大阪の英語学校の校長先生で、桂枝雀さんが始めた「英語落語」の仕掛け人でもあった。

 1984年夏、アメリカの田舎町スクラントン。夕闇漂う大草原にマットレスを積み上げて高座が作られた。近隣の住民約40人が集まり、農耕トラクターのライトが照明がわり。そこへ枝雀さんが登場し、英語で「サマー・ドクター」」を語り始めた。

 日射病で倒れた患者の家に出向く医者が、ウワバミ(大蛇)に呑み込まれるという、古典落語「夏の医者」だ。最初は拍手もまばらで、けげんそうな顔をしていた住民たちが笑い出し、サゲではドッと沸いて拍手が巻き起こった。そして握手ぜめ、サインぜめ…。

 「日本を知らず、日本人を見たことがない人たちなのに、落語を聞き、共に笑うことで心が通じ合った。知らない者同士がたちまち打ち解けた」。その場に居合わせた山本先生は感激した。

 枝雀さんは先生の学校に入り、会話練習の代わりに落語を英語で語って勉強していた。いっしょにアメリカの旅に出かけ、ひょんなことから、外国人の前で演じることになったのだ。枝雀さんと出会うまで落語を知らなかった先生が、落語の力に魅せられた。

 「心が通じ合う、あの瞬間をまた見たい」。枝雀さんやその弟子たちと英語落語会をスタートし、毎年のように海外公演にも取り組んだ。99年に枝雀さんが亡くなった後も、若手の落語家と遠征を続けた。先生が英訳を手がけたネタは20を超え、自身の新作も多数ある。

 落語が言葉の壁を越え、海外で認められるようになったのは、枝雀さんの技量もさることながら、山本さんの貢献が大きい。この連載の中ではどうかとも思ったが、こんな人がいたということを、ぜひ伝えたくて書かせていただいた。

 国内外の公演に数多く参加した枝雀さんの弟子、九雀さんはメールでこう書いてきた。「先生がいたからこそ今、英語落語が存在するのです」  (演芸ライター)
     
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