ニューシニアの情報新聞「フロンティアエイジ」
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「ちょっとそこまで」
  上田 文世
 
    路地を出たところでおばさん同士がばったり。「お出かけですか。どちらへ?」「へぇー、ちょっとそこまで」

  落語のマクラ(本題に入る前のおしゃべり)や漫才で、こんなおばさん会話がよく笑いになる。「行き先を尋ねる方もおかしいけど、聞かれた方も『今日はどこそこへ』と正直に答えまへんな。大概は『ちょっとそこまで』。すると尋ねた方もそれで納得し『さよかー、よろしおますなぁ』。何がええのかさっぱり分からん」

  私が子どもの頃、確かに母親たちはそんな会話を交わしていた。「どこへ」と聞かれても「プライバシーの侵害だ」と怒る人はいなかった。顔見知りが多く近所づきあいが濃厚だったからだろうか。また「夜遅うまで遊んでたら、怖いおっちゃんに捕まるよ」と親からよく言われた。赤ら顔でウダウダ言いながら歩いているおっちゃんが実際にいたから、子どもの方もその言葉を信じていた。子どもが訳の分からないまま殺されることが、その頃は皆無だったのは、そのせいかどうかは知らないが…

  奈良、広島、秋田などで、子どもが被害にあう殺伐な事件が多い。不審者の侵入に備えてマンションなどでは、防犯カメラの設置が増えている。だが、カメラの眼だけで犯罪を防げるだろうか。挨拶しあって、近所関係を強くしようとも言われるが、一朝一夕に実現できるものではない。

  船場のいとはんが夏の暑い日、お裁縫の稽古に出かける。途中で変な格好の男から奇声を浴びせられ気絶、記憶喪失になる。古典落語『次の御用日』という噺だ。変な格好とはフンドシ一丁、はっぴを日よけ代わりに頭の上にかざしていた姿だった。現在の子どもへの犯罪は、落語のように不審者とはっきり分かる形では迫って来ない。赤ら顔のウダウダ男でもない。「何でもあなたの好きなことを聞いてあげるよ」といった「やさしいおじさん」として近づいてくる。それだけに対応が難しい。 (演芸ライター)
     
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