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どんな悲しい涙でも・・・
  上田 文世
 
   子どもの頃、ラジオでミヤコ蝶々・南都雄二コンビの漫才を聞いて笑い転げた。手元に「運と災難」「赤いバラと白い卵」と題した漫才のテープやCDがあり、今、聞いても笑ってしまう。

 蝶々さんの芝居は、実際の舞台を何度か見る機会があった。お金、お金、お金の世の中を皮肉った「おもろい一族」、老後問題を扱った「あんたも私も失楽園」、親子間の情愛がテーマだった「俄(にわか)雪」などだ。

 どの芝居も脚本・演出・主演は蝶々さん。舞台稽古を見たが、蝶々さんはベテラン役者にも、遠慮無く叱声を浴びせていた。脚本のための取材も熱心だった。ホームレスが出る「金とダンボール」では、実際にホームレスの生活を見て、その人たちの声を聞いて書いたという。晩年は内臓の病気と骨折などで移動は車椅子に頼っていた。楽屋を訪ねると、グタッと横たわっていたこともあったが、いったん舞台に出ると、花道をスタスタ歩きダンスも踊った。

 「どんな悲しい涙でも いつかは乾くときがくる」と書いた色紙が著書に載っている。東京で生まれ、4歳で父親とともに神戸へ。7歳で初舞台。トラックの荷台に揺られての旅興行。初めての恋に破れ、2度の離婚…。背景の人生を思いはかると重みがあった。

 芝居が終わると一人で舞台に現れ、お客さんに語りかけた。晩年は自分の葬式のことを取り上げ「私はひとりぼっち。死んだら大勢が見送りに来てくれるだろうか」と心配した。遺産のことも話題に。「うちには犬が5匹いまんねん。その5匹を集めて言うた。ママが死んだらお前ら困るやろ。50万ずつ付けといてやるから、養子に行けよ。犬がじいっと私を見てるんです。分かるんやなと思うとると、台所からご飯やでぇと声がかかりました。そしたら私を蹴倒して跳んで行きましたわ」

 10月12日が命日。6年前の告別式では、2千人を超すファンが「忘れへんでー」と声をかけ、ひつぎを見送った。 (演芸ライター)
     
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