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| 気で気を養う |
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上田 文世 |
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花の後から萌え出でた若葉で、桜はすっかり新緑に覆われてしまったが、今年も満開の頃の木の下は、飲んで食べて盛り上がる花見客で大いに賑わった。長屋で暮らす落語国の住人とて例外ではない。「我々も世間様のように楽しもう」となる。上方落語『貧乏花見』の発端だ。
とはいっても、まず肝心のお酒がない。「そんならお茶を持っていけ。向こうが酒盛りなら、こっちは茶か盛り」としゃれ、ご馳走はお釜の底に残った焦げ飯、いわゆる釜底をカマボコと称し、色が似てるからと、沢庵(こうこ)を卵の巻焼きに見立てる。「人間は気の持ちよう。気で気を養うのんや」と、お茶と水をぶち込んだ1斗樽などを担ぎ、一同総出で桜の宮へと繰り出していく。
この「気で気を養う」というせりふが好きだ。無い中から何とか工面・工夫して、それらしい気持ちになって楽しむ。その前向きな意気込みが、大げさに言えば生きる勇気を与えてくれる。噺家の桂雀喜(じゃっき)さんも「私の心を支える大事な言葉の一つです」と言う。
「気合いだぁー」と叫んで、レスリング選手の娘にエールを送る元プロレスラーの父親がいるが、確かに「気」の持ち方が如実に結果に出るのがスポーツだ。瞬間的に決着が付くことが多い競技ではなおさらで、巨体同士がぶつかり合う相撲、パンチ一発でKOがありうるボクシングなどでは、弱気は即敗北につながる。
そして、この頃はどのスポーツでも「精神力」が重視されてきているという。いかに集中力を高めることが出来るか、勝利への意欲を持続できるかなど「気」の強化・持ち方が研究され、実戦で応用されている。もちろん体力・技術は必要だが、メンタル面を強化すれば、勝つ可能性はさらに高くなるというのだ。
落語長屋の一同はどうなったか。「ホンマに飲みたい」の「気」が勝ったようで、他の花見客の“おこぼれ”を得て、めでたく酒肴にありつけました。 (演芸ライター) |
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