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| 愛車を宿にぐるり九州 |
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車で走り、車を宿に九州一周を――68歳の夫と7歳若い妻には、たっぷりの時間とまだ少々の元気がある。5月の休みに思い切って出かけた。船中2泊、道の駅中心の車中8泊で延べ11日間とだけ決めた放浪の旅だ。
前夜に神戸を発ったフェリーは、早朝に大分港着。右へ曲がると間もなく別府港。「朝ごはんにしようか」と桟橋に乗り入れ、家から持参した握り飯となすの煮物などを並べ、窓を開けると爽やかな潮風が吹き込んできた。
国道10号を北上し宇佐神宮へ。鳥居前の茶店で蕎麦だんごを食べていると、神前結婚を終えたらしい白むく姿の花嫁さんが見えた。中津から内陸部に入って青の洞門を目指す。江戸期に新潟の僧・禅海が30年をかけて岩をうがって通したという道。小学生のころの教科書で感動し「見たい」と願っていた。
福岡の道の駅「豊前おこしかけ」で、ドイツでグランプリを得たという骨付きハムを見つけて奮発し、夕刻に北九州市に入ったが、ここには駐車場がオートキャンプ場にもなる道の駅がない。宿泊地を求めて走るうち、妻が大きな温泉場「日明の湯」を発見。湯に入ってさっぱりし、途中で買ったあさり寿司弁当とウィスキーで夕食。 |
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3日目の第一声は「唐津へ行ってみようか」。30年ほど前に訪れた玄界灘の美しい漁村、呼子を思い出したからだ。国道3号を走るうち、金印が出た志賀島を見つけ、資料館を見学。渋滞の福岡市を抜け、虹の松原を横目に見て呼子の先、佐賀・鎮西にある道の駅「桃山天下市」に着くともう真っ暗だった。
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| 眼下に大渦が巻く西海大橋 |
4日目の朝、「この調子やと九州一周は無理やね」と妻がいう。呼子再訪をあきらめて先を急いだのだが、名護屋城でまたストップ。秀吉が朝鮮出兵の拠点にした広大な山城は、400年の歳月を経て苔むしていた。伊万里にも心ひかれながらひたすら西へ。長崎・松浦を過ぎ、平戸大橋を渡って着いたのは道の駅「生月大橋」。生月出身の知人から「最果ての小島だけど、人が純朴で魚も旨い」と聞いていた。
町の小料理屋に入ると、壁面にずらりと阪神タイガースの写真。店主が「大阪に居た時にファンになりましてね」。ジョッキ2つに刺身と馬肉を取る。刺身は8種類の魚が大皿に山盛り。馬肉はたてがみ(脂身)が美味だった。 |
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5日目の朝、同様に車中泊していた年配の男性に話しかけると、鹿児島の大学の先生でやはり夫婦のぶらり旅。旅の感想を披露し合って「良い旅を」。後日「再会が楽しみ」と便りが来た。
パンフに西彼杵半島に道の駅「夕陽が丘そとめ」開店とある。そこで泊まることにし、佐世保を過ぎてハウステンボスで小休止。西海大橋まで来ると新緑と透明な流れの対比があまりに美しく思わず停車。両側から迫る岩壁の間で、鳴門海峡のような大渦が巻き、観光船が恐る恐る進んでいた。「夕陽が丘そとめ」は角力灘へ張り出す丘の上。水平線に太陽が沈む時間にはまだ早かったが、横風を受けない場所に駐車した。
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| サンタ・マリア館の和装のマリア像 |
6日目は遅い朝食後、下に見える「遠藤周作文学館」に寄った。宣教師の棄教を描く「沈黙」はこの外海(そとめ)が舞台。その展示で改めて“人間・遠藤周作”に惹かれた。
日程的にもう南へは進めない。天草に行った後は、阿蘇山を越えて大分へ戻ろうと、初めて計画らしきものを立てた。長崎で復元された出島を見学し、島原半島の口之津港へ来ると、天草へ渡るフェリーが3時間待ち。鬼池港についた後も本渡市内で道に迷い、道の駅「有明」への到着は22時を過ぎた。 |
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7日目になっても、ちょっと寄ってみよう精神は衰えない。天草五橋を渡る前にサンタ・マリア館へ。踏み絵や乳児を抱く天草人形の山姥に似せたマリア観音などに、不屈の信仰心を感じた。熊本市を抜け、国道57号で道の駅「波野」に着いた。
8日目は滝廉太郎作曲「荒城の月」の大分・竹田の岡城跡へ。石垣だけが緑に包まれていた。国道326号沿いにある道の駅「みえ」は建物が大きく駐車場も広かった。
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| 青の洞門 |
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| 竹田の岡城跡 |
9日目、「みえ」駅舎の朝の和食バイキングは絶品。猪の三枚肉、野菜の炊き合わせ、和え物、酢の物、漬け物。すべてが吟味された味付けだった。豊後水道沿いの佐伯では「武蔵野」を書いた作家・国木田独歩旧居へ。ここで1年だけ、教職に就いた時の居宅という。
うまいもん通りにある寿司店でうに丼を注文。磯の香が口に広がる。回り残した南九州への旅の際には、必ず来るぞと誓って最後の夜は道の駅「佐賀関」で泊まった。
10日目、神戸行きフェリーが出るまで、たっぷり時間があるので別府の鉄輪温泉へ。無料の公衆浴場や100円で入れる小さな温泉をはしごし、スーパーで買った赤貝の刺身と、名物の頭料理のパックをおかずに、鉄輪の高台で昼食をとった。
明日はわが家。快調に走り続けたワゴンタイプの愛車に「ご苦労さん」と声をかけた。(川崎一朗) |
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