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| 宿場町・醒井 |
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| 梅花藻咲く清流に感動 |
大蛇退治伝説や霊仙三蔵にも縁 |
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「恵みの水」88カ所の選定にあたり、水と歴史を訪ねて小さな旅に出た。行く先は滋賀県米原市の旧宿場町・醒井(さめがい)。古来、清浄な湧き水で有名だ。まず、醒ヶ井駅横で腹ごしらえ。食堂はJR東海道線と国道21号にはさまれた「水の宿駅」の中。「水」が町おこしのキーワードなのを否応なく思い知る。
国道を横切って、南に100メートルほど行くと、もうそこは旧中山道の醒井宿。東から西に流れる清流、地蔵川をはさんで古い町並みが続く。お葉付きイチョウ(国天然記念物)、本陣跡、地蔵堂など文化、自然遺産が点在している。昔の郵便局を利用した醒井宿資料館では、ボランティアガイドが、町の移り変わりの様子を説明してくれた。
この宿場町のシンボルは地蔵川。幅数メートル、深いところで数十センチの川である。梅花藻(ばいかも)の生える脇に、ちらちらと魚影が見え隠れした。清流にしか住めないハリヨらしい。「もう咲いている梅花藻がある」。仲間が声をかけてくれた。本陣跡の近くに、開花した一群があった。
上流に向かって数分歩くと「居醒(いざめ)の清水」に着いた。伊吹山の水が湧出する地蔵川の水源地である。見上げる左岸に、ヤマトタケルの像が立っていた。みずらを結い、右手は上に、左手で太刀を持ち、よろいをまとっている。『記紀』によると、伊吹山の大蛇の毒で熱病にかかったヤマトタケルが、山麓の清水で熱を醒ましたとある。それがここだと伝わっていて近年建立されたらしい。流れの中に、タケルの腰掛石や鞍掛石があった。
この街道沿い1キロほどの間には他にも西行水、十王水などの湧き水がある。西行水はあの歌人西行法師にまつわる艶な伝説が伝わり、「子授かり水」ともいわれる。
醒井宿の南方に標高1084メートルの霊仙山がそびえる。その北山麓に源流を持つ宗谷川沿いの道を、3キロほど行くと、「いぼとり地蔵」の標柱が目に付いた。祠の前庭に置かれた巨石の上を水が流れていた。「いぼとり水」だ。飲料に不適とされているが、つけるといぼが取れると、今も信仰を集めているとか。
さらに1キロほど川に沿って行くと、県立醒井養鱒場。明治11(1878)年に開設された日本最古の施設だ。その入り口の手前から北側山中に向かう道は山上の松尾寺への参道。少し上ると真新しい小さな御堂が目に入った。かねて訪ねたいと思っていた霊仙三蔵記念堂だ。
霊仙は最澄、空海などと共に入唐、皇帝の祈祷僧にまで上り詰め、日本人でただ一人の三蔵法師となった。827年に五台山で亡くなったが、経歴が定かでなく、これまで関心をもたれてこなかった。それが近年になって「霊仙」の名が霊仙山に由来する人物だとして、松尾寺の前住職が顕彰事業を続け、その願いが実って3年前に記念堂が建立されたという。
霊仙の名前が一般に知られるようになったのは、比叡山3世座主・円仁の『入唐求法巡礼行記』が現代語訳されてからである。私はかつて中国に円仁の遺跡を訪ねたことがあり、ずっと霊仙のことが気になっていた。ちょうど扉が開いており、同寺の近藤澄人住職が霊仙像の前で読経していた。誘われるままに近くの醒井楼別館にお邪魔した。檀家のない寺を維持するため、戦後にはじめられた同寺直営の料理店である。お勧めは「ニジマス料理」という。
山上の寺は1981年(昭和56年)の豪雪で崩壊し、仏像などはいま分散して保管されているが、ご本尊(飛行観音・秘仏)は同館の1室に安置されていた。海外旅行などで、飛行機に乗る機会が多くなったことから、参拝客が結構あるそうだ。
「せっかく来たのだから」と養鱒場へ。入場料350円。大小のニジマスや、幻の巨大淡水魚といわれる「イトウ」、キャビアの親魚のチョウザメが群れ泳ぐ。水が美しいからこそ維持できる施設と納得した。 (高橋 徹) |
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