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  旅−歴史を歩けば  
 
伝板葺宮跡 2005年7月号
 
 
飛鳥保存の原点の地 石ころの野は今  復元されて歴史を語る
 
   奈良県明日香村は、陽に映える新緑の中にあった。そこここに観光客の姿があり、遠足の子どもたちの声が弾んでいた。私もまた、万葉時代をしのばせる景観を楽しみながら、飛鳥路を歩いた。この景観を残した「飛鳥保存」こそ、今年4月に法的に認知された「文化的景観」保存の嚆矢だったと振り返りながら。

 大和の典型的な農村風景、といわれる景観が今に残るのは70年6月末、ここを訪れた佐藤栄作首相が、国としての保存を約束したことに始まる。その年の早春から高まった「飛鳥保存」運動の成果だった。
飛鳥
飛鳥の板葺宮跡と伝えられる地の大井戸遺構

 保存キャンペーンを始めたのは朝日新聞社。当時、その奈良支局で文化担当記者だった私は、上司から保存を訴える記事の出稿をしばしば催促された。とはいえ、駆け出しの記者は「書くネタ」を探すのに頭を痛めた。そのころはまだ一般に、景観が文化遺産だという認識は薄かったからだ。<br>
 「飛鳥には一見何もないが、地下には飛鳥京の遺跡がある」。初代の奈良県立橿原考古学研究所所長だった末永雅雄さんの言葉に救われ、励まされた。奈良教育大教授の美学者、寺尾勇さんからは「飛鳥の遺跡は、周囲の風景と一体になってこそ、残す意味がある」と景観保存の意義を教わった。2人は保存運動の火付け役だった。

 「文化的景観」は92年、ユネスコが世界遺産を指定する概念として導入された。それを受けて日本でも、昨年の文化財保護法改正で文化遺産の基準に加えられ、保存の手がのべられることになった。代表的なものは棚田や里山だが、飛鳥路の風景はまさにそれにあたる。そのうえここは、古代の都であったという歴史的意味が加わる。

 近鉄吉野線の飛鳥駅で下車。猿石で知られる吉備姫王墓、鬼の雪隠、亀石へと続く周遊道をたどって伝板葺宮跡に向かった。この宮跡は、現在も話題を提供し続ける「飛鳥古京」発掘の原点である。

 35年前、私が飛鳥保存キャンペーンを意識して、はじめて書いた記事は、大井戸を伴うこの遺構についてだった。記事に添える写真を写した時のことを、今も鮮明に記憶している。石ころばかりで、あまりにも殺風景。そこで役場の若い女性に懇願し、水がわき出る遺構の横に立ってもらった。風が冷たい日だった。

 弁当を広げた子どもたちでにぎやかな川原寺前広場を過ぎ、飛鳥川を渡る。橋に添うようにコンクリート製の大きな水路が川をまたぐ。「吉野川分水」である。説明板に総延長40万メートルもの国営かんがい配水事業として造られたとある。伝板葺宮の遺構は、この事業にかかわる発掘で出土した。

 その後も明日香村では高松塚やキトラ古墳、酒船石遺跡など、マスコミをにぎわす発掘・発見が続いた。しかし、飛鳥フアンたちが万葉人の暮らしをしのび、歴史を追体験するために必ず訪ねるのが、伝板葺宮跡であることは今も変わらない。

 復元整備された遺構に立って周囲を眺める。山、田、畑、民家の家並みの景観に心が和む。一人でも多くの人が村を訪れ、「文化的景観」保存の大切さを理解して欲しいと思った。
  (高橋 徹 元朝日新聞編集委員)
     
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