ニューシニアの情報新聞「フロンティアエイジ」
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  旅−歴史を歩けば  
 
亀形石造物 2005年8月号
 
 
道教伝来説の決定打 施主は斉明帝か  想像ふくらむ水の祭祀
 
   前回に続いて奈良県明日香村に向かった。『日本書紀』の記載と照応する遺跡が相次いで発見され、古代ロマンあふれる場所が、あちこちにあるからだ。とりわけ「新しい亀石出土」と、話題になった酒船石遺跡は、何度見ても興味が尽きない。近鉄橿原神宮駅東口から「かめバス」を利用する。
亀型石造物
亀形石造物を中心とした酒船石遺跡の
水の祭祀遺構

  「かめバス」は、村が取り組んでいる公共交通実証実験として運行中のバスの愛称だ。ウイークデーのせいか乗客はまばら。20分ほどで飛鳥大仏前に着く。目指す亀形石造物が見つかったのは、前回紹介した板葺宮跡から、直線距離にして北東300メートルほどの、竹薮に覆われた小山の北側。

 山の上には、謎の石造物といわれてきた、不思議な刻み目をもつ酒船石がある。また、近年の調査で、小山を巡る石垣が出土し、付近は酒船石遺跡と命名された。なかでも研究者たちを仰天させたのが、亀形と小判形の石造物を中核とする石敷きの湧水施設。発見が報じられた00年2月、見学のために木枯らしの中を1時間以上も並んだことを覚えている。

 村には今一つの亀石がある。こちらは昔から有名だが、いまだに用途不明。それに比べ新亀石は、「水の祭祀」に関係すると考えられている。施主は、7世紀の斉明天皇という説が有力になってきた。このことの持つ意味は大きい。

  斉明天皇は律令国家の基礎を固めた天智天皇と天武天皇の母。「日本書紀」には、中国の道教に興味を持っていたことをうかがわせる記載がある。道教の儀礼である四方拝を行い、道教寺院を思わせる「両槻宮」を建てたなどとある。

 両槻宮が道教寺院である可能性はすでに大正時代、東京帝国大学の黒板勝美が指摘していたが、長い間、全く無視されてきた。なぜなら「道教は日本に伝わらなかった」というのが、学界の定説だったからだ。

 しかし、近年の発掘調査で、古代人の信仰や精神史の記述に再検討を迫る重大な遺物遺構の出土品が目立ちだした。その結果、仏教と共に道教もまた、古代日本の文化に影響を及ぼしていたと考える研究者が多くなっている。酒船石遺跡は、それを決定的にした発見だった。道教文化では、亀の造形物を特別視する。斉明天皇だからこそ造りえた施設だったのだ。

 村では、新亀石を中心とした付近400平方メートルを整備し、重要な観光スポットと位置づけている。「かめバス」の命名も、これらの亀石に由来しているのだろうと思いながら、県道を5分ほど歩くと「酒船石遺跡」の道路標示が見えた。

 道路から少し上ったところの可愛らしい小屋で、300円を払って入場。亀形と小判形石造物を中心とする遺構は、出土時の様子がそのままわかるように整備されていた。

 斉明天皇は、ここでどのような儀礼をしたのだろうか。日本では前例のないユニークな石の造形は、厳かに群れ集う、優雅な飛鳥人たちをしのばせるに十分だった。  (高橋 徹 元朝日新聞編集委員)
     
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